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●オーストラリア植民地統治法 オーストラリアしょくみんちとうちほう

ヨーロッパ 英国 AD1850 ハノーヴァー・ウィンザー朝

 オーストラリア植民地に内政自治権を付与することを認めた法律で,グレイイギリス植民地相の発案にもとづき,1850年にイギリスで制定された。植民地の自治権要求を前に,アメリカ独立革命の二の舞を演じないためイギリスが決断を下した。これによりニュー=サウスウェールズ植民地から分離してヴィクトリア植民地が誕生し,タスマニア(当時のバン=ディーメンス=ランド)・南オーストラリアとともにオーストラリアは4植民地に分割され,おのおの責任政府と立法評議会が設立された。のちに西オーストラリアクィーンズランドも同様の政治機構を得た。また輸入品についての関税徴収権が認められ,財源の確保もはかられた。植民地政治の発展は各地さまざまであったが,最終的には各植民地とも憲法の起草にこぎつけることができた(西オーストラリアは最も遅く,起草は1890年)。本統治法は,1901年に6植民地が統一して連邦国家成立にいたる50年間,オーストラリアの統治形態を規定した点において重要であり,植民地議会で通過した法律はすべてイギリスの承認があってはじめて有効であるとの条項が本法に挿入されていたため,イギリスは植民地自治権に歯止めをかけていた。