●尾崎紅葉 おざきこうよう
アジア 日本 AD1868 明治時代
1868〜1903(慶応3〜明治36)小説家。本名徳太郎。別号を縁山・半可通人・十千万堂など。江戸芝中門前町生まれ。東京府第二中学中退,岡鹿門塾・三田英学校に学び,大学予備門に入学。1885年(明治18)山田美妙,石橋思案らと文学結社「硯友社」を始め,わが国最初の同人雑誌「我楽多文庫」を発行,厳谷小波,川上眉山らも新たに加った。1889年紅葉の出世作『二人比丘尼色懺悔』(ににんびくにいろざんげ)の成功とともに同人や門弟に加入するものが増え,「硯友社」は明治中期文壇の一大勢力へと発展した。紅葉はやがて読売新聞に入社,『伽羅枕』(きゃらまくら)『三人妻』などを掲げ,元禄期の井原西鶴に擬えた作風で人気を博した。一面に紅葉は早くから西洋文学に積極的な関心を示し,シェイクスピア,ディッケンズ,アービングなどの英米文学を愛読,ドーデー,ゾラのフランス文学へ移り,晩年にはロシア文学にも傾倒した。実作としてはゾラに拠った『むき玉子』(1891),『おぼろ舟』『隣の女』(1893),アラビアンナイトから翻案した『やまと昭君』(1889),デカメロンに採った『冷熱』(1894),モリエールに拠った『夏小袖』(1892)などがあった。
代表作には『心の闇』(1893),『多情多恨』(1896),『金色夜叉』(1897)がある。
〔参考文献〕『尾崎紅葉』近代文学研究叢書7 1957,昭和女子大学
福田清人『尾崎紅葉』近代文学鑑賞講座2 1959,角川書店
伊狩章『硯友社の文学』1961,塙書房
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