●刑部親王 おさかべしんのう
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?〜705(?〜慶雲2)天武天皇の第9皇子で,母は宍人大麻呂(ししひとのおおまろ)の娘カジヒメノイラツメ※注1※。忍坂部・忍壁とも書く。672年の壬申(じんしん)の乱では,吉野宮から大海人皇子(おおあまのみこ,のちの天武天皇)と行動を共にした。681年(天武10)3月,天武天皇の命によって『帝紀』および『上古諸事』の記定事業に参加したが,それは国家的な修史事業の開始であり,『日本書紀』成立の出発点であったと推測される。ついで685年(天武14)正月,冠位60階制の施行にあたって,皇親の冠位である浄大参位(じょうだいさんい)を授けられ,686年(朱鳥1)8月には封100戸を増加された。また700年(文武4)8月,大宝律令の編纂総裁を命じられ,701年(大宝1)3月,大宝令位階制の3品に切り換えられた。ついで703年(大宝3)正月,詔によって,太政官を総知する地位を与えられ,705年(慶雲2)5月3日に薨じた。
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