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●小山内薫 おさないかおる

アジア 日本 AD1881 明治時代

 1881〜1928(明治14〜昭和3)劇作家・演出家・小説家。陸軍軍医の長男として広島に生まれ,4歳で父の死に遇い,一家東京移住。1906年(明治39)東大英文科卒。在学中から森鴎外,その弟三木竹二らと親しんで演劇に志し,新派の伊井蓉峰に招かれて翻案・演出を担当する一方,雑誌「帝国文学」の編集委員として,劇評・劇作にかかわった。島崎藤村に学んで同人雑誌「七人」に詩集『小野のわかれ』を発表。卒業後,第一次「新思潮」を創刊(1907),その年結成のイプセン会を通じて市川左団次自由劇場を創立,鴎外訳『ジョン=ガブリエル=ボルクマン』を公演した。長編『大川端』(1911)を書き,モスクワ芸術座にスタニスラフスキーを訪問し,映画にも貢献するなど多彩な活動を示した。1924年(大正13)築地小劇場を創立,自由劇場創立とともに近代演劇に尽力した功績は大きい。

〔参考文献〕久保栄『小山内薫』1947,文芸春秋新社