●尾崎行雄 おざきゆきお
アジア 日本 AD1859 江戸時代
1859〜1954(安政6〜昭和29)明治・大正・昭和時代の政党政治家で,神奈川県に生まれ,保安条例に驚愕したという意味で,愕堂と号し,のち咢堂といった。慶應義塾を中退し,1890年(明治23)から1952年(昭和27)まで衆議院議員の連続当選25回,代議士生活25年の記録を樹立し,1953年国会から名誉議員の称号を贈呈され,死後に,憲政に対する功績に報いるため尾崎記念館ができた。「新潟新聞」の主筆から出発し,東京府会議員に当選し,のち立憲改進党議員,1913年(大正2)護憲運動の先頭に立ち,「憲政の神様」とたたえられた。1914年大隈内閣に法相として入閣,のち再び犬養毅と一緒になって普選運動の先頭に立ってめざましい活躍を示した。一時,革新倶楽部に所属したが,政革合同の際にこれから離れ,1942年翼賛選挙を批判攻撃し不敬罪で起訴されたこともある。清潔な政治家。
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