●桶狭間の戦い おけはざまのたたかい
アジア 日本 AD1560 室町時代
1560年(永禄3)5月19日,尾張国田楽狭間(愛知県豊明市)で織田信長が今川義元を急襲し,敗死させた戦い。1549年(天文18)以降,駿河・遠江に加え三河の領国化をすすめていた今川義元は,永禄初年にかけてとくに西三河支配の徹底と,さらに領国の拡大をめざし,たびたび尾張国へ侵攻していたが,永禄3年5月,駿・遠・三の2万5,000余の兵力をもって大規模な侵攻を行った。これに対し織田信長は,数カ所に築砦し防戦に備えたが,今川勢はそのうちの鷲津・丸根砦を攻略し,同月19日本陣を田楽狭間に移した。信長は19日払暁,清洲を出陣,途中で兵力3,000余を結集し,今川勢に察知されることなく田楽狭間の今川本陣急襲に成功。義元は壮烈な戦死を遂げ今川勢は敗走した。この戦を契機に今川氏は徐々に領国を失いつつ滅亡への途を開始し,信長は永禄5年,松平元康(徳川家康)との同盟後,西進策が可能となり天下統一への途を開始していった。