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●小倉金之助 おぐらきんのすけ

アジア 日本 AD1885 明治時代

 1885〜1962(明治18〜昭和37)数学者・数学教育史研究家。山形県酒田市で生まれる。東京物理学校卒,東京帝国大学理科大学化学選科を中途退学。東北大学理科大学助手(1911〜17)となり,『保存力場における径路』により理学博士の学位を受く。その後,大阪医科大学教授,塩見理化学研究員,フランス留学(1917〜22)。帰国後は,数学史・数学教育史の研究に傾注した。世界的な数学教育改良運動(ペリー運動ともいう)の指導者の一人ボレル(E.Borel)と交友があり,数学教育改革につとに関心をもっていたが,1924年『数学教育の根本問題』を著し,〈数学教育の意義は科学的精神の開発にあり,数学教育の核心は函数思想の養成にある〉と叫び,日本の数学教育界に新風を送り,大きな影響を与えた。戦後は民主主義科学者協会・日本科学史学会・数学教育協議会などの各会長を歴任。毎日出版文化賞・平和文化賞などを受く。