50音順    検 索

●奥浄瑠璃 おくじょうるり

アジア 日本 AD 

 仙台地方を中心に行われた古浄瑠璃で,“奥州の”ということで奥浄瑠璃と称された。松尾芭蕉の『奥の細道』の末の松山の章に〈目盲法師の琵琶をならして奥上るりと云ものかたる。〉とあるのが古く,元禄時代には存在していたのは確かである。また,柳亭種彦の『用捨箱』によると,江戸馬喰町の絵草紙屋永寿堂が,元禄宝永のころ家に伝わる60余種の古浄瑠璃を文化年中まで春ごとに製本して奥州へのみ下し,これを仙台浄瑠璃とも称したという。1809年(文化6)初刊の式亭三馬の『浮世風呂』には,座頭の坊が仙台浄瑠璃を方言訛りで語る様子が描かれている。これらのことから,奥浄瑠璃は主として盲人が琵琶・扇拍子・三味線などに合わせて語ったものといえる。また,仙台の領内ではお国浄瑠璃と称し,正月には青葉城内で藩主の前で語られたり,流派も城礼節・かほ一節・重一節・喜右衛門節などがあって,江戸時代を通じて盛んであったが,明治以降衰退を続け,現在後継者は岩手県内にわずか1人残るだけである。