●オキーフ
北アメリカ アメリカ合衆国 AD1825
1825〜1901 アイルランド系アメリカ人。ジョージア州に住んでいたが,喧嘩で相手に重傷を負わせたことから,妻キャサリンと幼い娘を捨て,船乗りとなって太平洋に出たが,1871年乗り組んでいた船(ベルヴィダー号,ビアトリス号の両説あり)がヤップ沖で難破し,オキーフただ1人がヤップの海岸にたどり着いた。島民に介抱されたオキーフは便船を得て香港へ行き,そこで中国人のパートナーをみつけて船を借り,パラオへ石材の切断機を運んでヤップ用の石貨をつくった。その石貨によってヤップでコプラやナマコを買いつけ大儲けをした。彼はヤップのトミル湾の小島タラングに豪邸を構え,イギリス人との混血のナウル人美女を2度目の妻とし,パラオのコロールにも支店を設けるほか,パラオ諸島南方のセント=デーヴィッド島(マピア島)にココヤシのプランテーションを経営するなど,盛大に事業を営んだ。ヤップ人には彼自身をオキーフ陛下と呼ばせていたが,1901年ドイツ人の地区行政官から,邸宅に掲げている彼の紋章旗の代わりにドイツ国旗を掲げるようにいわれたことから,そのドイツ人をなぐってしまったため,息子を伴ってヤップを脱出した。しかし,台風に遭遇したのか,船もろとも消息を絶った。