●沖縄米軍上陸 おきなわべいぐんじょうりく
アジア 日本 AD1945
沖縄への米軍の総力的上陸日は1945年(昭和20)4月1日である。米軍は同年3月23日から南西諸島に猛烈な爆撃を加えた上で那覇港目前の慶良間諸島に上陸し,同月末までに同諸島を制圧した。これは陽動作戦であったと思われる。そして米軍は4月1日に沖縄本島中部西海岸(北谷・嘉手納・読谷)から上陸したが,守備軍が水際作戦を放棄したため無血上陸にもひとしかった。米軍上陸部隊はその日の午前中に北飛行場(読谷)・中飛行場(嘉手納)を占拠し,2日目には狭小部分の石川の線で,沖縄本島を南北に分断することに成功した。日本軍は4月7日ころから首里の防衛陣地を死守すべく反撃に転じ,首里北方の台地線で激しい戦闘が行われ日米双方に膨大な数の死傷者を出した。5月27目守備軍は首里を放棄し沖縄本島南部に撤退作戦を実施し戦闘をつづけたが,守備軍の組織的戦いは6月23日牛島満軍司令と長勇参謀長の摩文仁での自決をもって終わった。