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●沖縄の祖国復帰 おきなわのそこくふっき

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 第二次世界大戦後,連合国の対日平和条約(1952年,昭和27年4月28日発効)によって対日占領体制は解かれた。しかしこの条約は同時に沖縄の信託統治に関する規定(第3条)を含んでいた。そして沖縄の米軍基地は“自由使用”が認められ,沖縄は日米安全保障条約の適用外とされた。日本の残存主権を認めつつも日本とは別個の法的位置を与えられたところから復帰運動が表面化した。その後この運動は多くの異なる視点からとらえられるようになり,沖縄の過去・現在・未来の抱える問題がそこに集約されていった。復帰運動は施政権返還のための政治運動であったばかりでなく,一種の文化運動でもあった。復帰が日米政府の交渉案件として検討されるのは,1965年の佐藤栄作首相発言以後のことである。“沖縄の祖国復帰が実現しない限り日本にとって戦後は終わっていない”のことばに日本政府の姿勢が表明され,2度の両国共同声明をへて,1971年6月17日に沖縄返還協定の調印が日米両国それぞれにおいて行われた。そして1972年5月15日午前零時に沖縄の祖国復帰が達成され,沖縄県が再び生まれたのである。

〔参考文献〕『沖縄復帰の記録』1972,南方同胞援護会

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