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●沖縄研究 おきなわけんきゅう

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 九州以南,1,000余kmに点在する弧状列島の南西諸島(奄美諸島・沖縄諸島・宮古諸島・八重山諸島を包括する)は,[1]亜熱帯地域圏に属し,黒潮本流が北上するなかに,島嶼的な風土と社会が営為される。[2]東アジア地域圏に位置し,民族文化の交流・伝播のルーツを探る拠点をなす。この二つの特質をもつ南西諸島には,それぞれ特有の地域文化を形成し,その地域の研究を奄美研究,沖縄研究,宮古研究,八重山研究などと称し,研究の実態がパラレルに存在する。また,グローバルな視点から,琉球研究,南島研究,琉球学,沖縄学など,と提唱する趣向もある。ここに定義する沖縄研究は,それぞれの地域における人文・社会・自然科学の各ジャンルの個別研究を広義に総括し,総称する。

 沖縄研究の総合的な全体像が築かれる学問の性格や思想の形象は,南西諸島の特質点と密接にかかわって内実し,地域文化の自己確認を明確に位置づけ,新しい視野にたつ普遍的な学問・思想の原理追求へ学際的に,変容と拡大が展開されつつある。

【研究の史的概要】九州大宰府の管轄下の南島人たちが,7世紀から8世紀ごろ,大和朝廷に朝貢した史的消息は,中国の『隋書』や日本の正史『日本書紀』『続日本紀』などの史籍に散見する。この時代を南島時代と称するが,12世紀前後の戦国動乱時代を契機に,南島の消息は途絶える。そのころ,南島では各地域に族長が支配する族長(按司)時代を迎える。14世紀初期,初めて族長を統一した琉球王国が誕生し,明国・朝鮮・日本・南方諸国との海外貿易に専念する。また,宗教文化を摂取して海洋民族国家としての進取と自立の精神を謳歌した。琉球固有の文化を創造し,平和的な文化国家の出現は,古琉球時代と称される。以後,外圧的な支配権力が,琉球王国に波及した背景を系譜的にみると,第1期は,17世紀初期の薩摩(島津)の琉球侵攻1609年(慶長14)。第2期は,19世紀中期の明治国家の琉球処分1879年(明治12)。第3期は,20世紀中期のアメリカによる沖縄統治1945年(昭和20)。第4期の祖国日本復帰1972年(昭和47)。

 約4世紀にわたる政治的支配者の洗礼を受けた史実が示すように,それぞれの変革期における自己との対応は,忍従と覚醒のサイクルで命運のむくままに翻弄されたが,必然的に民族的文化のもつ衿持と自覚で,その危機を克服した。

 第1期は,古琉球時代から継承してきた文化的遺産の古謡・歴史・伝説・言語など文学記録を復原する官撰の修史事業の体現にもとめられる。『おもろさうし』『中山世鑑』『琉球国由来記』『歴代宝案』『中山世譜』『琉球国碑文記』『混効験集』『球陽』などは,代表的な史料として,今日に継承される。薩摩(島津)が引導する琉球国王使節の江戸上り(将軍就職を慶賀する慶賀使,国王襲封を恩謝する恩謝使)は政治的儀礼的な行事の意味をふくみ,それぞれの時代の学問・漢詩・和歌・歌舞・芸能などの精神文化と接触する機会を得た。また,琉球王国を経由する支那文物が,薩摩(島津)を通して京都・江戸に紹介され,文化交流の一翼を担う。袋中上人の『琉球神道記』,新井白石の『南島志』は,当時の琉球研究書として白眉をなす。琉球王国は,古来,明・清国との朝貢関係から,国王を冊封する支那皇帝の使節(冊封使)の来琉があり,使節たちの帰朝報告書(冊封使録)の類書を残す。陳侃の『使琉球録』,汪楫の『中山沿革志』,徐葆光の『中山伝信録』,周煌の『琉球国志略』などは,支那人の琉球研究書として名著作。

 幕末期の西欧諸国の異国船が,たびたび来琉し,和親・開港・布教の要請を求め,その対応に苦慮する事態が生じた。イギリス艦船の艦長のHall. Basil. M’Leod, Jhon.アメリカ艦船の提督PerrY, Matthew calbraithたちの琉球探検航海記は,琉球文化を西欧諸国に紹介する契機となる。宣教師のforcade, Theodore(フランス人)やBettelheim,Bernard Jhon(イギリス帰化人)は,琉球国に滞在し,布教活動を続け,後者は『琉球語と日本語文法要綱』『琉球語新訳全書』の著作を残す。

 第2期は,明治維新の政変によって,1872年(明治5)9月に琉球藩,1879年(明治12)4月に廃藩し沖縄県を版図にした。この一連の行政処分と機構の制度的改革は,外交的帰属問題を複雑化し,民生に不安をひきおこす事態を生じさせる。明治政府は,その打開策として牧民官(行政宮)の政治・経済・民情などの視察調査を実施させる。1900年(明治33)ごろから学者や民間篤志家が来島し,言語・民俗・考古・人類・博物など断片的な研究調査の端緒をひらく。沖縄の民族が日本民族と同祖同根であることの命題を,学問的に実証することが,最大の関心事となる。日琉同祖論的な研究の起点は,言語・習俗に集中し,19世紀初期,Chamberlain, Basn.Hallが,言語学的研究において実証する。

 アカデミズムの流れをくむ沖縄出身の伊波普猷,東恩納寛惇の傑出によって,沖縄の歴史性・民族性の領域から,実証的研究が1907年(明治40)を起点に,1921年(大正10)ごろまで持続する。従来の中央指向的な沖縄研究の態勢にも,漸次地方指向の方向に進展をみせ,伊波普猷,真境名安興,岩崎卓爾たちによって,郷土文化の啓発と啓蒙運動が展開される。地方指向的な郷土研究が,郷土教育の教育思潮と不可分に関連し,従属する実態をみせる。

 1921年(大正10)前後に,柳田国男,折口信夫,伊東忠太たちが,島々に伝承する生活の理法および建築様式の調査研究を目的に来島する。これを契機に個別的な研究プロパーたちの来島が続出する。昭和初期ごろから,従来の個別的研究が組織的な共同研究の態勢に整えられる。東京ブロックに柳田国男を主幹に,伊波普猷,宮良当壮,比嘉春潮,金城朝永,岩切登,岩倉市郎たち同人の南島談話会を設立す。沖縄本島ブロックでも真境名安輿,奥野彦六郎たち同人が南島研究会を組織す。さらに,台北帝国大学土俗人類学研究室を母体に,金関丈夫,小葉田淳,馬淵東一たち同人が南方土俗学会を設立させ,それぞれの視点から南島および南方地域の研究活動を展開し,第二次世界大戦の最中まで継続する。

 第3期および第4期は,沖縄戦の終結とともに,アメリカの統治下にあって,異民族支配の屈辱的な受難の時代から,悲願の祖国日本復帰の時代を経る40年間の時期に相当する。厳しい政治的現実を背景に,時事的沖縄問題に関連する学問および思想が,1960年(昭和35)前後ころから定着をみる。自己確認の復権をめざす歴史・考古・民俗・言語・文学,自然科学の領域に,加速度的な深化と拡大がみられる。その研究実態における一般的特色は,[1]学術総合調査研究の共同化。[2]個別な個人研究から組織的研究の態勢強化。[3]基礎的史料の発掘調査および史料の翻刻出版。[4]学術的研究の成果を一般民衆への還元化。[5]外国人研究プロパーの参加による学際化,などに集約される。

 1950年代ごろ,米国学術調査評議会のPacific Science Board(太平洋学術部会)に付託されたScientific InvestiGation of the RYukYu Islands(SIRl)(琉球列島学術調査)が,沖縄の人類学的調査研究を発足させた。Kerr, GeorGe H.HarinG, DouGlas.Allan, Smith夫妻,Pitts, Forrest R.Lebra, William P.Maretzki, Thomas夫妻たちの研究実績は,米国人による沖縄研究の先鞭をなす。ハワイ大学のEast-West Center,シラキューズ大学やワシントン大学における沖縄研究は,密度の高い実績をあげつつある。日本における沖縄の学術的総合調査研究の共同化は,[1]日本学術会議南島文化総合研究班(金関丈夫を代表)の波照間島遺跡調査。[2]九学会連合奄美大島共同調査委員会の総合調査(1953年,昭和28)12月奄美諸島の日本復帰を記念とする)。[3]早稲田大学考古学研究室の八重山諸島総合調査。[4]東京都立大学南西諸島研究委員会の社会人類学調査。[5]九学会連合沖縄調査委員会の総合調査。[6]法政大学沖縄文化研究所(沖縄久米島調査委員会)総合調査。[7]法政大学百周年記念久米島調査委員会の総合調査。

 自然科学の領域からの共同調査に,[1]大阪市立大学八重山群島学術調査(地理・生物学)。[2]九州大学八重山群島学術調査(地質・動植物)。[3]琉球大学尖閣列島調査団の周辺海域における自然科学的資源調査などが実施される。

 組織的研究会は,[1]沖縄文化協会(東京),[2]奄美郷土史研究会(名瀬),[3]南島研究会(東京),[4]沖縄歴史研究会(沖縄),[5]琉球大学史学会(沖縄),[6]沖縄県史料編集所(沖縄),[7]八重山文化研究会(沖縄),[8]沖縄考古学会(沖縄),[9]南島史学会(東京),[10]法政大学沖縄文化研究所(東京),[11]八重山文化研究会(沖縄),[12]宮古郷土史研究会(沖縄),[13]沖縄芸能史研究会(沖縄),[14]沖縄地理学会(沖縄),[15]沖縄言語研究センクー(沖縄),[16]沖縄国際大学南島文化研究所(沖縄),[17]沖縄国際大学考古学研究室(沖縄),[18]沖縄社会学会(沖縄),[19]沖縄民俗学会(沖縄),[20]沖縄地学会(沖縄),[21]沖縄農業研究会(沖縄),[22]沖縄生物学会(沖縄),[23]沖縄医学会(沖縄)などがある。

 基礎的史料の翻刻出版には,『琉球史料叢書』『沖縄県史』に所見される。沖縄県立図書館の郷土史講座テキストに,『明実録琉球史料』『李朝実録琉球史料』『冊封使録集』を刊行す。仲原善忠・外間守善共編の『校本おもろさうし』『おもろさうし辞典・総索引』,鳥越憲三郎訳注の『おもろさうし全釈』,外間守善編著の『混効験集』,球陽研究会の『球陽』,小島瓔禮校注の『神道大系・沖縄神道史料』,崎浜秀明編の『沖縄旧法制史料集成』,嘉手納宗徳編訳の『遺老説伝』などがある。

〔参考文献〕外間守善著『沖縄研究の流れと現状』「科学と思想」第1号1971。

琉球大学附属図書館編『沖縄関係資料目録・増加版』,1980。

新城安善編『「沖縄研究史」書誌稿』「びぶりお・琉球大学附属図書館報」第47号〜第50号 1980〜81。

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