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●岡田啓介 おかだけいすけ

アジア 日本 AD1868 明治時代

 1868〜1953(明治1〜昭和28)福井藩士岡田喜藤太の長男。1889年(明治22)海軍兵学校,1901年(明治34)海軍大学校をそれぞれ卒業,1913年(大正2)少将,1917年(大正6)中将,1924年(大正13)大将,1933年(昭和8)後備役。この間,日清戦役・日露戦役の両戦役,第一次世界大戦(青島戦)に従軍したが,実戦上の華々しい記録は残していない。1924年(大正13)連合艦隊,1926年横須賀鎮守府各長官,1927年田中,1932年斉藤の各内閣の海相などの要職を歴任。ロンドン海軍軍縮条約問題に際しては,軍事参議官として,反対派の巨頭加藤軍令部長をなだめて条約批准への道を開いた。1934年(昭和9)内閣総理大臣となったが,当時いよいよ激化しつつあった軍部の圧力のため内閣は動揺を続け,1936年(昭和11)二・二六事件がおこり,岡田首相は危くのがれたが内閣は総辞職した。以後あまり表面には立たなかったが,重臣となり,海軍の長老として重きをなし,とくに終戦工作に貢献した。