●大輪田泊 おおわだのとまり
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今の神戸港の前身であった兵庫港の旧称。僧行基の創建と伝えられ(三善清行意見封事),天平のころからすでに〈神代より千船の泊つる大和田の浜〉(万葉歌1067番)と歌われ,播磨国のムロフノトマリ※注1※(今の室津港)・韓泊(未詳・福泊に比定)・魚住泊,摂津国の淀川尻の河尻泊とともに「五泊」の一つに数えられ古来の要津。嵯峨天皇の弘仁3年(812)6月5日に〈使を遣わして大輪田泊を修せしむ〉(日本後紀)とあるのを初見として,その後たえず修築が繰り返された史料を残すが,最も有名なのは,1180年(治承4)に福原遷都を強行した平清盛が同年に着手した修築で,港の前に人工の島(経ケ島)を築いて風浪による港津施設の度重なる損壊を永久に防ごうとする大がかりな築港事業であった。平家滅亡後,東大寺再建に当たった俊乗坊重源が1196年(建久7)朝廷に奏請して,中絶していた工事を再興,兵庫港として完成させた。
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