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●大森房吉 おおもりふさきち

アジア 日本 AD1861 江戸時代

 1861〜1923(文久1〜昭和12)、地震学者。明治後期から大正時代に東京帝国大学教授として地震に関する研究の中心的存在であった。福井県の生まれ。帝国大学理科大学卒業の2年後25歳で講師。30歳で教授となる。31歳で理博。濃尾大地震発生後,1891年(明治24)のその余震の研究に着手した。講師となってすぐ震災予防調査会委員から幹事。オーストラリアに出張中,関東大震災発生の報に接し,急遽帰国したが,病気のため死去した。日本地震学会による「日本地震輯報」の発行,1901年(明治34)の大森式水平振子地震計の開発など基礎的データの蒐集に業績がある。関東大震災については地震学教室の助手今村が「大地震五十年周期説」を警告,社会的関心の惹起につとめたが大森はこれをたしなめることが多かった。科学としての地震学の累積的研究の立場に立つ大森と,研究者としてかつ一市民としての地震予知の啓蒙活動にも目を向けた今村との対比は優れて今日的示唆に冨む。