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●大森貝塚 おおもりかいづか

アジア 日本 AD 

 東京都大田区と品川区の隣接地点にあった縄文時代後期の貝塚。1877年(明治10),アメリカの生物学者モースにより学術的な発掘が行われ日本の考古学,とくに縄文文化研究の本格的な第一歩が記された遺跡。モースは同年6月,横浜に上陸,東京に向かう途中の車窓から貝塚発見の後,東京大学の御雇教師となり,9月にいたって現地を調査した。車中での思いがけぬ発見からこの3カ月間,彼は「誰かに先を越されぬか」とやきもきしていた心境を書きとめている(モース『日本その日その日』)。『学者』としての第1発見者たることを願うある意味での意欲と競争心がうかがわれて興味深い。1879年,東京大学理科会粹第一帙として報告書が刊行された。現場は国電大森駅から大井町駅に進む途中の線路際であったと推察され2カ所に記念碑がある。貝塚としての現状はほとんど消滅しているが,当時の出土品は重要文化財である。国史跡学史上の位置づけは不滅である。