●大山郁夫 おおやまいくお
アジア 日本 AD1880 明治時代
1880〜1955(明治13〜昭和30)大正,昭和時代の社会運動家。兵庫県生まれ。17歳のとき,大山家の養子となり,神戸商高から東京専門学校にすすんだ。シカゴ大学・ミュンヘン大学にも学び,34歳で早稲田大学教授。40歳のとき復職するまでの数年間,シベリア出兵時の大阪朝日新聞の記者として活動,当局の圧力で退社。吉野作造との黎明会の結成,民本主義を主張した雑誌「我等」を創刊などして活動した。大正末から無産政党の組織化につとめ,1926年(大正15)労働農民党委員長となる。47歳のとき大学を辞し,以後,労働農民党委員長に専心。第1回普選直後の結社禁止措置に遭って直ちに再建に挺身。1919年労農党を結成,昭和6年全国労農大衆党の結成により第一線を退いた。太平洋戦争中はアメリカに居留,戦後昭和22年帰国。昭和25年参議院議員に当選。翌年世界平和評議会理事となり平和運動の先頭に立つ。国際スターリン平和賞を受賞している。
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