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●太安麻呂 おおのやすまろ

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 ?〜723 太安万侶(『古事記』序・『太安萬侶墓誌』)とも。奈良朝初期の官人。壬申の乱の功臣多品治(おほのほむち)の子(和州五郡神社神名帳大略注解所引久安五年三月多神官注進状)と伝えられる。704年(慶雲元)従五位下。711年(和銅4)正五位上。この年詔命により稗田阿礼の誦習する「勅語の旧辞」を撰進した。715年(霊亀1)従四位下。翌年氏長(うじのかみ)となる。723年(養老7)民部卿で卒した。『日本書紀私記』の『弘仁私記』序によると『日本書紀』の編纂にも参画したという。『古事記』序文は彼の撰にかかるが,四六駢麗体を駆使した名文である。上記稗田阿礼誦習の「旧辞」を“原古事記”とすれば,これに注を付けて彼が撰進したものが現にみる『古事記』である。昭和54年1月奈良市此瀬町の丘陵斜面から,その墓が,墓誌銘を伴って発見された。この墓誌に〈左京四條四坊從四位下勲五等太朝巨安萬侶以癸亥年七月六日卒之 養老七年十二月十五日乙巳〉とある。

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