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●大伴金村 おおとものかなむら

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 生没年不詳 5世紀末から6世紀の前半,武烈朝から欽明初年にいたるまで大和朝廷の大連(おおむらじ)として中央政治の場で活躍。古代の豪族大伴氏は金村の祖父室屋のときからこの金村のときまでが全盛期。武烈即位の際,金村は平群氏を滅ぼし,即位8年にして武烈が崩ずると,男大迹王(継体)を越前から迎え天皇に擁立した。継体朝は金村の活躍が目立つ時期で,筑紫国造磐井の乱の際には物部麁鹿火を派遣し,また朝鮮諸国との外交に関与するところも大きかった。安閑朝では皇后・妃のために屯倉の設置にあたり,さらに天皇の意を受け摂津において良田を献じさせたりしている。欽明即位のさいも金村はやはり大連の地位にあったが,かつての任那四県割譲事件(継体6)での失敗を物部尾輿らにとがめられ,政界を引退するにいたった。大伴氏の勢力はこれより失遂する。以上の事跡は『日本書紀』によるが,そのすべてが事実であるとは限らない。ただ大和朝廷の地方支配の進展といった面での金村の役割は認めてよいだろう。