●大伴氏 おおともし
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物部氏と並び称せられる古代の雄族。大和政権の地方進出にあたって,とくに軍事的な役割を有していたと考えられている。その祖神は天忍日命。記紀には天孫降臨の際に武装して瓊瓊杵尊に扈従したと記されている。また神武東征に従ったとされる日臣命も祖先にあたるが,史実性では允恭朝に大伴室屋が部の設定などに関与し,雄略朝には大連とされ,室屋の孫,金村が継体天皇の擁立に主体的にかかわったことなどに注目しておきたい。ところが金村は任那問題で失敗し,政界から退いた。そのため大伴氏の勢力は中央政治の舞台から後退する。やがて壬申の乱に大伴馬来田・吹負が活躍したのを契機に,大伴氏は奈良時代を通じ高級官人を次々と輩出するにいたった。また,大伴旅人・大伴家持は著名な万葉歌人である。平安期に入って823年(弘仁14),淳和天皇の諱を避けて氏の名を大伴から伴に改めた。のちに伴善男は応天門の変(866)で失脚する。概して奈良時代中ごろ以降,氏族としての勢力は衰退した。