50音順    検 索

●大津事件 おおつじけん

アジア 日本 AD1891 明治時代

 1891年(明治24)大津で警備の巡査がロシア皇太子を襲撃し,その処置をめぐって紛糾した事件。一名「湖南事件」。ロシア皇太子ニコライ=アレクサンドロビッチ(のちのニコライ2世)は,シベリア鉄道の起工式に臨む途次日本に立ち寄り,5月11日琵琶湖を遊覧した。このことを日本侵略の視察と妄信した警備の巡査津田三蔵は,滋賀県大津において,突然抜剣し皇太子の頭部を傷つけた。この兇変はわが国に大衝撃を与え,明治天皇は見舞いのため京都に行幸,政府は皇室罪をもって津田を極刑にしようとして大審院長児島惟謙を説得した。しかし児島は司法権の独立を堅持し,大津地方裁判所に開廷した大審院法廷は,津田に謀殺未遂罪を適用,5月27日無期徒刑の判決を言い渡した。その措置は,日本の司法権の独立を内外に明示したものであった。

〔参考文献〕児島惟謙『大津事件手記』1944,築地書店

尾佐竹猛『湖南事件』1951,岩波書店

田岡良一『大津事件の再評価』1976,有斐閣