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●大塚保治・楠緒子 おおつかやすじ・なおこ

アジア 日本 AD1868 明治時代

 保治1868〜1931(明治1〜昭和6),楠緒子1875〜1910(明治8〜43)保治は群馬県に生まれ,旧姓小屋(こや)。1891年東大哲学科卒業後,裁判官大塚正男の長女楠緒子の婿養子となり,のち東大の美学教授。西洋美学の体系的移植で知られ,遺稿に『大塚博士講義集』I,II(1933〜36)がある。楠緒子は小説家・歌人・詩人として知られるが,東京女子師範付属女学校卒業後,1895年(明治28)保治と結婚。樋口一葉尾崎紅葉らの影響のもと『くれゆく秋』(1895)などの小説を書き,日露戦争中には厭戦歌『お百度詣で』を発表。夫の親友夏目漱石の影響も受けた小説も多い。代表作に短編『客間』(1906),長編『空薫(そらだき)』(1908〜09)などがある。36歳で没したが,その折の漱石の追悼句〈有る程の菊抛げ入れよ棺の中〉は有名。

〔参考文献〕長谷川泉『近代日本文学評論史』1958,有精堂

小坂晋『漱石の愛と文学』1974,講談社