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●大田文 おおたぶみ

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 中世に大田文・田文・田数帳・作田惣勘文などと呼ばれたものの総称で,国ごとに公領・荘園の田地面積や領有関係を記録した文書。1197年(建久8)の「日向国図田帳」以下1288年(正応元)の「丹後国田数帳」まで21種が現存。大別して2種類がある。[1]国衙に保存されていた種々の検注帳や荘園の立券文を資料に作成し,伊勢神宮役夫工米・大嘗会米などの一国平均課役を徴収する際の資料とするため国衙がつくったもの。1221年(承久3)の「能登国田数目録」が現存最古。[2]領有関係に重点をおき,とくに地頭補任状況の調査,地頭御家人への御家人役賦課に際する基準面積の把握を主目的にして幕府が作成させたもの。上記の「日向国図田帳」や1223年(貞応2)の「淡路国大田文」が好例。一国平均の課役体制が成立した院政期に発生したと推定されるが,鎌倉時代が作成の中心。室町時代以降も段銭賦課などの基本資料として重要視された。

〔参考文献〕石井進『日本中世国家史の研究』1970,岩波書店