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●大田植 おおたうえ

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 水稲栽培を生業の中心としていたわが国では,田植は,収穫と並んで重視されてきた。そのため田植祭も盛大に行われた。宮中の大嘗祭に供える神饌米は,古来悠紀(ゆき)・主基(すき)の田から献上されるが,その田植はきわめて荘厳な神事である。全国各地の神社の田植祭も幾重にも営まれている。

【民間の田植祭】農業技術が進歩し,とくに機械化されるにいたっては,民間に広くみられた田植祭もしだいに崩壊したが,それでも土地によっては,まだ古風な習俗を残している。大田植は,苗を一番多く植える日とか,家の一番大きな田を植える日とか,田の神を祭る行事として全国に分布している。この日オナリなどと呼ばれる娘が盛装して,早乙女(さおとめ)に食事を運ぶ習俗もみられる。それをしない地方でも,田植唄や作業唄などにこうした風習を歌った唄が残っていることもある。西日本とりわけ山陰・山陽の西部山間地方に残る大田植は,村内各戸が結(ゆい)と呼ばれる共同労働によって,田を植えかたづけていく慣行である。そのとき,ドウガシラとかクチウドとか呼ばれる人が,全体の作業を総指揮するのである。これに参加する多くの人々は代かき・机(えぶり)・すり・大足ふみ・苗とり・苗持・早乙女など,それぞれの役割分担をもち,一団となってにぎやかに1日がかりの作業を進めるわけである。この日はいわゆるハレの日で仕事着はもちろん,笠・襷(たすき)なども新しいものを用意し,笛や太鼓の囃子を入れ,飾り立てた牛をくり出して代かきをしたり,田船に早乙女を乗せたりする風景は,まことに華やかなものである。これを広島県の山間部では花田植,高知県ではハヤシ田,長野県では田の神,長崎県では泥打などと呼ぶ土地がある。これら一連の田植行事は,神事としての性格が薄れ,ある面では一種の芸能化がみられるが,それでもサビラキ・サオリなど田植初めを祝う行事が,全国各地で行われている。

〔参孝文献〕牛尾三千夫『大田植と田植歌』1968