50音順    検 索

●大隅 おおすみ

アジア 日本 AD 

 西海道の1国。九州の大隅半島を中心とした地域である。もとは日向国に含まれていたが,『続日本紀』によれば,713年(和銅6)に,肝坏・贈於・大隅・アイラ※注1※の4郡を割いて建国されたという。755年(天平勝宝7)には,贈於郡から菱刈郡が割れ,ついで桑原郡も置かれた。824年(天長元)には九国三島の一つが廃止され,馭謨(ごむ)・熊毛2郡が置かれて,大隅国に併せられたので,合計8郡となった。古代の国府は桑原郡国分仰(現在,姶良郡国分町府中)に置かれていた。古代にあっては,大隅隼人の居住地であったので,この統治には豊国の人々があたったといわれる。肝属川流域に古墳群は集中し,大隅直や曽県主の勢力の消長を物語っている。中世以降は,島津忠久が島津荘下司職で入国し,薩摩・日向と並んで大隅国も守護としておさえた。江戸時代にも島津氏は大隅国を領国として支配しつづけた。明治維新の廃藩置県により,大隅国は鹿児島県に属し,今日にいたるのである。

〔参考文献〕『鹿児島県史』井上辰雄『熊襲と隼人』

00

01