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●大阪紡績会社 おおさかぼうせきがいしゃ

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 日本最初の大規模綿糸紡績会社で,1882年(明治15),資本金25万円で設立され,翌年から操業を開始した。18世紀後半には40万に達した大阪の人口も,天保期のころから減少しはじめ,幕末には30万にまで下がり,天下の台所も危機に直面していた。維新に際して大阪商人は反幕府の諸勢力に資金を与えたが,明治政府による上からの新経済政策は,藩債処分・御用金調達・蔵屋敷の撤廃を命じた。新官僚との結びつきに立ちおくれた大阪商人は窮地に陥り,失地の挽回をはからねばならなかった。イギリス紡績業を模範とした大阪紡績を渋沢栄一が企画し,華族をはじめ大阪商人がこれに出資した。1万5000錘の規模で蒸気機関をもち,昼夜操業で経営的にも成功し,紡績業勃興の先駆となり,大阪も煙の都として再生への一歩を踏み出した。日露戦争後は,朝鮮・満州に輸出を開始し,1914年(大正3)に三重紡績と合併して東洋紡績となった。