●大坂町奉行 おおさかまちぶぎょう
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江戸幕府の職名。1,000石以上3,000石以下の旗本から選任されるのを原則とした。役高は1,500石,別に役料として600石が支給された。1619年(元和5)久貝正俊・嶋田直時が補されたのがはじめとされている。定員は2名で,東町奉行と西町奉行とであり,両町奉行は一ヵ月交代で勤務した。その支配下には与力各30騎,同心各50人が配されていた。職務は大坂三郷および町つづき在方のほか,兵庫・西宮の一般民政ならびに地方・川方・寺社方など広範に及んでいる。享保期以後は,摂津・河内・和泉・播磨の四カ国内にある幕府領の租税徴収および公事裁判を担当している。町奉行所ははじめ京橋口門外に東・西の両番所が並んでいたが,1724年(享保9)の大火で全焼したあと,東町奉行所は旧位置に再建されたが,西町奉行所は本町橋東詰に移った。これは役所と住宅を兼ねており,表は役所,奥が住宅になっていた。
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