●大坂城代 おおさかじょうだい
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江戸幕府の職制。大坂城中にあって大坂在勤幕府諸役人を統轄して大坂城を守り,大坂と堺を治め,あわせて西国諸大名に対する監視の任にあたり,緊急事態における軍事指揮権を有し,さらに,西国33カ国の訴訟の裁断権をもっていた。このような重大な任務と権限とを有する職務であるため,原則として5万〜10万石程度の譜代大名のなかから有能な人物が選ばれ,将軍の黒印状を以て任命された。彼等の多くは京都所司代をへて老中に昇進するのを通例とした。1619年(元和5)夏の陣後大坂城主だった松平忠明が大和郡山へ移され,大坂が幕府直轄地とされ,伏見城代の内藤信正が初代の大坂城代に任命された。これ以後,明治維新まで,再任も含めて延べ70名がこの職に就いた。任期は2〜3年が多いが1年未満から21年余にいたるまで不定,役知は1万石。城代屋敷は二の丸千貫櫓北側にあり,東区法円坂町の大阪市中央体育館の西側付近に下屋敷(しもやしき)があった。