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●大御所時代 おおごしょじだい

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 大御所とは将軍の父をさす。前将軍の尊称,江戸時代では家康は駿府に隠居し,秀忠は西の丸へ移り,その後吉宗・家斉が大御所となっている。その中で大御所時代と称するのは徳川家斉が1837年(天保8)将軍職を世子家慶に譲って大御所といわれたが,幕府の実権は1841年(天保12)に死ぬまで西の丸政事といわれていた。このことから家斉の将軍在世中の文化文政時代を大御所時代と呼んでいる。この時代は寛政改革天保改革をつなぐ時代である。江戸文化の最も華やかに爛熟した泰平の50年間であった。将軍家斉の治政は二つに分ける。寛政の遺志松平信明中心の時代と水野忠成中心の時代,1793年(寛政5)松平定信老中退職によって家斉施政・信明が老中。それが1804年(文化1)12月信明罷免,家斉の父一橋治済の二の丸移住反対がその理由といわれる。家斉の実父の治済の出世もその時代であった。そのことは,大御所時代をもって,家斉時代とおきかえてよい。