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●大国隆正 おおくにたかまさ

アジア 日本 AD1792 江戸時代

 1792〜1871(寛政4〜明治4)幕末から明治初期の国学者。姓は今井・野之口,名は秀文・秀清,字は子蝶,号は佐紀之屋・葵園。父は津和野藩士今井秀馨,母は久留米藩士石黒氏の娘。父より50音を学び,1804年(文化1)もしくは翌年に平田篤胤に入門,のち昌平黌に入り舎長となるが,1810年(文化7)に辞し藩邸に帰る。その後,村田春海門人となった。父の没後家督を継ぎ,長崎に遊学し,西洋理学を学び梵書を研究した。その後,江戸へ行き皇朝家となる。1829年(文政12)5月脱藩亡命し,姓を野之口と改める。1834年(天保5)大坂へ行き,京洛で国学をとく。1836年(天保7)小野藩に招かれ,翌年帰正館設立。1841年(天保12)辞し京都で報本学舎を開く。1848年(嘉永1)以来,姫路藩・福山藩より招聘を受け,1851年(嘉永4)9月15日津和野藩復帰,巻老館国学教師となり,1862年(文久2)大国と改姓。その後は京,津和野・小野で活躍。明治維新後は,神祇局の諮問役・宣教使御用掛となる。著述は『学統弁論』『本学挙要』『通略延約弁』『古伝通解』『新眞公法論』『直毘靈補註』『本教神理説』などあり。

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