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●大江匡衡 おおえのまさひら

アジア 日本 AD952 平安時代

 952〜1012(天暦6〜長和1)平安中期の典型的な文人官吏。祖父は中納言維時,父は式部大輔重光。匡衡の『述懐古調詩一百韻』などによれば,7歳で初めて書を読み,9歳で詩を賦し13歳で元服を迎え,15歳で大学に入り,文章得業生となって5年目に28歳で方略試に及第した。その後,31歳で右衛門権佐に任ぜられ,38歳で待望の文章博士となり,46歳で東宮学士を兼ね,翌年式部権大輔に転じ,59歳でようやく式部大輔となり丹波守と侍従を兼ねたが,公卿になることはできず,翌々年61歳で病没した。その間,一条天皇などに『白氏文集』『貞観政要』などを進講し,文章博士として長保・寛弘などの年号文字を勤中したり,藤原道長などのために表文などを代作している。また長保3年(1001)尾張権守を兼帯した際,妻の赤染衛門とともに国衙へ下向して灌漑用水などを整備し,寛弘6年(1008)尾張守に再任された時も「尾張学校院」を建立している。歌集に『大江匡衡朝臣集』,詩集に『江吏部集』3巻があり,『後拾遺集』以下の勅撰集にも『本郷文粋』などにも彼の作品が入っている。

〔参考文献〕大曽根章介「大江匡衡−儒者の生涯−」漢文学研究10

松村博司「尾張国における大江匡衡と赤染衛門」古代学協会編『摂関時代史の研究』1965,吉川弘文館

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