●大江広元 おおえのひろもと
アジア 日本 AD1148 平安時代
1148〜1225(久安4〜嘉禄1)鎌倉初期の典型的な京下り官人。父は式部少輔維光(異説もある)。明法博士中原広季の養子となったが,晩年(1216)大江姓に復した。嘉応2年(1170)権少外記となり朝廷の太政官外記局に勤めたが,元暦1年(1184)37歳で源頼朝に招かれて鎌倉へ下り,初代の政所別当として幕政に重きをなし,頼朝の没後も,北条氏(北条政子・北条義時)の信任を得て執権体制の確立につくした。彼は律令太政官政治の実務に携わってきた知識と経験と人脈を,鎌倉の幕府政治に積極的に活用したのであって,文治1年(1185)の地頭職設置も彼の建策によるものといわれている。〔参考文献〕龍粛『鎌倉時代』上下2巻,1957,春秋社
石井進『鎌倉幕府』1965,中央公論社