●押領使 おうりょうし
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日本古代の軍事的官職。律令に規定をもたない令外官。初めて文献にみえるのは795年(延暦14)で,防人の移動にたずさわっている。このときは兵士を率いたのみで,実際の戦闘にはあたっていない。しかし兵士の移動にあたるという職務内容は,やがてその率いた兵士を指揮して戦うというように変化する。とくに平将門の乱のときに活躍し鎮圧の主力ともなる。当初は,下野国押領使として平将門を滅ぼした藤原秀郷のような現地の地方豪族を任用することも多かったが,基本的には国司が兼任し,一時は東海道・東山道といった道というひろい範囲の軍事を担当したこともあるが,主として一国内の治安の維持にあたった。やがて豪族の押領使任命が主流となり,彼らが現地においてもつ私的な武力がその軍事力の中心となった。なお荘園にも押領使は存在し,荘園内の治安の維持にあたったと思われる。