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●王陽明 おうようめい

アジア 中華人民共和国 AD1472 明

 1472〜1528中国の明代の哲人・政治家。陽明学の祖。浙江の紹興府余姚県の人。字は伯安,号は陽明,諡は文成。青年時代は硬直化した朱子学にあき足らず,任侠・騎射・詩文・仏教・道教などに熱中した。1499年(弘治12)に進士となるが,1506年(正徳1)に当時の有力宦官劉瑾に反抗して貴州の竜場に流され,そこで“心即理”“知行合一”を旨とする哲学的真理に達した。4年後,劉瑾の失脚により赦されて中央に復帰するが,すでに中国各地には極端な荒政により重大な社会不安が広まっており,その思想に多くの試練の場を与えることとなった。1516年(正徳11),ナンカン※注1※巡撫として江西・広東・福建の3省交界地帯の反乱鎮圧を担当,保甲制度郷約の刷新を行って成果をあげた。1519年(正徳14)には南昌の寧王朱宸濠の反乱を即座に鎮圧して新建伯に封ぜられた。しばらく郷果の紹興府で講学生活を送ったのち,1527年(嘉靖6)に広西の少数民族の反乱鎮圧に出征,その帰途に江西の南安府で没した。その全集に『王文成公全書』がある。

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