●欧陽詢 おうようじゅん
アジア 中華人民共和国 AD557 南北朝時代
557〜641 中国の唐初の書家。字は信本。潭州臨湘(湖南省臨湘県)の人。隋にあっては太常博士であったが,唐の高祖の賓客となり,即位後,給事中となった。624年(武徳7),装矩・陳叔達と『藝文類聚』100巻を勅撰し,太宗の貞観年間(627〜649)初期に太子率更令・弘文館学士となり,渤海男に封じられ,のち,銀青光禄大夫を拝した。若いときから書がうまく,書名は高句麗にまで聞こえ,使者を遣して求めたほどであったという。王羲之を学び,飛白・篆・隷・楷・行・草の各体をよくし,その書風を確立したが,とくに,楷書に優れ率更体といい楷法の典型と評される,虞世南・チョスイリョウ※注1※・薜稷とともに初唐の四大家にかぞえられる。息子の通も書名が高い。欧陽詢の作品には「皇甫延碑」「九成宮禮泉銘」「温彦博碑」などの楷書,「史事帖」「仲尼夢奠帖」などの行書がある。
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