●王莽 おうもう
アジア 中華人民共和国 BC45
前45〜後23 前漢末の外戚政治家。新の建国者(在位8〜23)。字は巨君。前漢元帝の王皇后(成帝の母)の庶母弟王曼の次子。父が早逝したので貧しかったが母によく仕えた。成帝の大司馬王鳳(伯父)を献身的に看護し,臨終の王鳳によって推薦され出世コースに乗った(前21)。前16年新都侯に封ぜられ,騎都尉・光禄大夫・侍中と栄進,名士・公卿とまじわり,儒学者としても名声をあげ,前8年,38歳で大司馬となった。成帝が没し非王氏系の哀帝が立つと退けられたが哀帝が死んで大司馬に復職,9歳の平帝を立てて太傅・安漢公となり実権を握った(1)。やがて平帝を毒殺,2歳の劉嬰(宣帝の玄孫)を皇太子とし,自分は摂政・仮皇帝となったが,さらに迷信を利用して帝位を簒奪,真皇帝となり,新を建てた。王莽は周の井田法を模して民田を王田とし奴婢の買売を禁じ,悪貨に改鋳,専売制を行って経済界を混乱させた上に対匈奴外交も失敗して天下の信望を失い,15年で滅亡した。