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●王弼 おうひつ

アジア 中華人民共和国 AD226 魏・呉・蜀

 226〜249(黄初7〜嘉平1)中国,三国魏の学者。字は輔嗣。山陽高平(山東省微山)の人。後漢の学者サイヨウ※注1※の莫大な蔵書の伝わる家に生まれ,幼時から聡明で,10余歳にして老荘思想を好み,文章・弁論にも優れた。正始年間(240〜249)に何晏(かあん)らに学識を認められ,尚書となったが,官界にうとく成績もあがらず,自負心のみ強かった。249年(正始10),司馬懿(しばい)のクーデタ後,免官され,その秋24歳で病死した。何晏とともに,訓詁学中心の漢代儒学に対して老荘思想をとりいれた新解釈をとなえ,魏晋の玄学(老荘学)の基礎を築いた。また,晏との哲学的対話は,清談の風を開き,“正始の音”として後世まで尊ばれた。“無”を言葉では教えられないものとし,“無”を説いた老子よりも,“無”にふれなかった孔子を,“無”の体得者として高く評価。『老子注』(現存)を著して何晏を敬服させた話は有名であるが,ほかに『周易注』(現存)を著し,いずれも六朝・隋唐時代に盛行した。

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