●王韜 おうとう
アジア 中華人民共和国 AD1828 清
1828〜97 中国,清末洋務運動期の思想家,中国ジャーナリズムの先駆者。江蘇省の人。17歳で秀才となったが,郷試に失敗して科挙を断念。22歳のときに上海に移り墨海書院でイギリス宣教師と仕事をともにする。1862年(同治1),太平天国の蘇州守将劉肇均に上海攻略などを建議した廉(かど)で清朝政府の追求を受け香港に亡命し,20年余ここにとどまる。香港時代,2年余にわたるイギリス滞在,1879年(光緒5)の日本訪問により,資本主義社会に対する見聞をひろめた。1874年(同治13)「循環日報」を創刊し,内政面では洋務運動のあり方を批判して変法自強を鼓吹し,外交面では台湾・琉球問題,イリ問題,ヨーロッパの国際情勢などに関する論説を大量に発表した。1884年(光緒10)上海に帰ってからは「申報」「万国公報」にかかわるとともに上海格致書院の院長にもなった。王韜の思想は中体西用論である点で洋務論の枠内にとどまるが,すでに変法論の萌芽もみられるとされる。また,その大同説は康有為の先駆として無視することはできない。