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●汪兆銘 おうちょうめい

アジア 中華人民共和国 AD1885 清

 1885〜1944 中華民国の政治家。広東生まれ,字は精衛,日本の法政大学に留学中,孫文らの中国革命同盟会に加入し,「民報」編集に参加。1911年清朝の摂政醇親王の暗殺を企てたが失敗し投獄されるも辛亥革命により釈放,第2革命失敗後フランスに亡命,1916年帰国後,国民党の指導者の一人となり中央執行委員,宣伝部長をつとめた。1926年中山艦事件で蒋介石と対立して外遊,国民政府の武漢進出とともに帰国し,国共合作の武漢政府に参加,統一国民政府擁立に努力し同政府の要職についたが,広州コンミューン事件で責任を問われ再び外遊した。帰国後,軍閥と手を結び反蒋運動を展開,1932年蒋と妥協して,行政院長兼外交部長となり,日本と交渉に当った。西安事変後,蒋が抗日民族統一戦線に傾くと,対日和平を唱えて抗戦派と衝突し,ハノイに脱出,1940年南京に国民政府を擁立したが,漢奸の代表的人物として民衆の批難を俗びつつ,1944年入院先の名大付属病院で死去した。

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