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●王存 おうそん

アジア 中華人民共和国 AD1023 北宋

 1023〜1101 中国の北宋時代の政治家。字は正仲。潤州丹陽県の人。1046年(慶暦6)に進士に合格し,嘉興主簿を振出しに地方官を歴任し,修潔自重して欧陽脩に認められ,呂公著の推薦で国子監直講となり,以後中央官界で活躍した。初め王安石と親交があったが,安石が執政するに及んで対立することが多く,しばしば上書して時政を論じ,神宗にその忠誠無党を認められた。そして国史編修官に任ぜられ,『元豊九域志』(宋代の代表的地理書)の編集総裁ともなり右正言・知制誥をへて,1082年(元豊5)には兵部尚書に昇り,さらに戸部に転じた。神宗崩じて哲宗が即位すると,尚書右丞に,ついで左丞になり,吏部尚書まで昇進した。王安石の新法が次々に廃止されていった。この時期にあって,彼は畿内の保甲の教練廃止に反対し,皇帝に対して朋党の論の害を切言したが容れられず,地方に転出して知大名府から知杭州となり,1094年(紹聖1)に致仕し,79歳で没した。