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●応神天皇 おうじんてんのう

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 仲哀天皇第4皇子。母は神功皇后で胎中天皇と伝えられる。和風の諡号は誉田別尊ともいい記紀系譜では15代天皇である。『古事記』には大鞆和気(オオトモワケ)とあり,『日本書紀』には去事納別尊といったが,太子になってから角鹿の筒飯大神と名を交換して誉田別尊と称した。神功皇后三韓征伐のときには胎中にいた。帰路筑紫で生まれ,中央に帰って異腹の兄の香坂王と忍熊王(おしくまおう)を皇后が攻め滅ぼした後,皇后摂政3年に立太子,皇后が死ぬとその翌年即位,軽島豊明宮にいる。それから在位41年,110歳(記では130歳)まで生きたと伝えられる。応神朝は前朝より武内宿禰がいて勢力を有し,阿直岐や弓月君その他の帰化人を受容し,大陸文物・技術の交流につとめている。その上この時代に大開発が行われたこと,天皇が河内と関係が深いことから,どうもこの時代に大きな転機が求められるとし,応神王朝説を説く人がいる。4〜5世紀ごろのことを示す陵は恵我藻伏崗陵とも呼ばれ,仁徳陵と並ぶ最大の前方後円墳である。

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