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●王縉 おうしん

アジア 中華人民共和国 AD700 唐

 700〜781(久視1〜上元2)唐の詩人王維(699〜761)の弟。しかし弟の縉の場合は,政治家として知られている。太原の祁(今の山西省祁県)の人。字は夏卿。「草沢文辞清麗科」という科挙の高級試験に合格して,侍御史・武部員外郎をへて,安禄山の乱のさなかに粛宗の信頼を得て出世し,粛宗のもとで刑部侍郎(憲部侍郎)にまでなった。このとき兄の王維は,安禄山の陣営に捕虜として捕えられて安禄山の政府の給事中にされていたが,安禄山の死後,縉が刑部侍郎の官をなげだして兄の罪をあがなおうとしたので,粛宗も王維のみはとくに1階級降任させるのみで許した。王維の没後3年の代宗の764年(広徳2)左散騎常侍から黄門侍郎・同中言門下平章事に抜擢され,宰相の位置に昇った。それより少し前,代宗は王維の詩文の散佚を避けるために,王縉に詩文集を編集させ,王縉は763年(宝応2)それを完成させた。しかし晩年は,収賄の罪で括州刺史(今の浙江省の地)に左遷され,罪を許されてのちは太子賓客となって没した。