●王昌齢 おうしょうれい
アジア 中華人民共和国 AD698 唐
698〜757? 唐の詩人。孟浩然(もうこうねん)につづいて,盛唐の詩風をきり開いた人として知られる。字は少伯。生まれたのは京兆府(今の西安の近くの地)であるが,戸籍は山西省の太原にあり,若いころ太原に住んだこともあったらしい。辺塞詩人(中央アジアの遠征を題材にしてうたう詩人)として有名な王翰(おうかん)(687〜726)や王之渙(おうしかん)(688〜742)も山西省太原出身の人で,若いころの王昌齢は,これらの先輩詩人にならって辺塞詩人として有名になり,数多くの「従軍行」とか「出塞」「塞下曲」と題する詩を発表した。727年(開元15)進士に及第,氾水県(河南省)の県尉をへて秘書省の校書郎になる。一時罪を得て嶺南(広東・広西の地)に流されたが,許されて江寧(今の南京)の丞となるも,晩年はまた竜標(黄州省)の県尉に左遷され,安禄山の乱のとき郷里において刺史(しし)の閭丘暁(りょきゅうぎょう)に殺された。七言絶句にとくに優れ,辺塞詩のほかに後宮の女性の怨みをうたう数多くの作品や,清らかな選別詩を残した。詩論家としても知られ『詩格』『詩中密旨』を著した。同時期の詩人の孟浩然や李白とも親交があった。〔参考文献〕鈴木修次「王昌齢論」『唐代詩人論』第1冊,1979,講談社