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●王小波 おうしょうは

アジア 中華人民共和国 AD 

 ?〜993(?〜淳化4)中国宋初の均産一揆の指導者,四川青城県(四川省灌県西方)の人。五代十国の一,後蜀国(930〜965,広政28)を滅ぼした宋は,その財宝をことごとく収奪した。そのために四川地方は物資に不足し,食糧を得られない貧民が増え,反宋の感情がこの地域全体にたかまっていた。とくに茶の専売制の施行は茶商人の自由な取引を封じるものであったので,その一人王小波は「均貧富」のスローガンを掲げて貧民を糾合し,993年(淳化4)の初めキョウシュウ※注1※(四川省),蜀州(四川省)に蜂起し,2月には彭山県の知事斉元振を殺した。斉は宋朝の権威をかさに無法な支配を行っていたので,人々の恨みをかっていたのである。当初100人前後にすぎなかった反乱集団は,これ以後しだいにふくれあがった。宋は12月に警察隊長を派遣したが,王小波に殺された。しかし,王自身も額にうけた傷がもとで死去した。反乱軍は,王の妻の弟李順を指導者とし,やがて四川一帯を支配下に入れた。

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