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●凡河内躬恒 おうしこうちのみつね

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 三十六歌仙の一人。紀貫之紀友則などと親しく,古今集時代の代表的歌人。894年(寛平6)甲斐権少目。907年(延喜7)丹波権大目。911年(延喜11),和泉権掾に任じた。913年(延喜13)には『亭子院歌合』に,その年の秋には『内裏菊合』に活躍する。それ以前にも『寛平御時后宮歌合』『朱雀院女郎花合』『貞文歌合』『延喜7年大井川行幸歌合』などにもその名がみえている。905年(延喜5)貫之などと『古今集』編修をおこなった。916年(延喜16)法皇の石山寺御幸に屏風歌を近江介兼輔の願望によって詠んでいる。921年(延喜21)に淡路権掾。同年春,法皇が六條御息所の春日詣の際,大和守忠房の乞いによって名所歌を詠んでおり,また,『大和物語』にみえる醍醐天皇が月の美しい夜,殿上で遊宴が行われたとき,彼を召して,「月を弓張というのは,なんの心か」と仰せられたところ,彼は「てる月を弓張とのみいふことは山の端さしていればなりけり」と奏し天皇より大褂(おおうちぎ)を賜ったとある。家集には賀の歌・屏風歌が多く,貫之とともに宮廷歌人であったことがわかる。歌集に『躬恒集』がある。勅撰集の歌は194首。

〔参考文献〕峯岸義秋「凡河内躬恒」『中古の歌人 日本歌人講座』弘文堂

島田良二「凡河内躬恒」『王朝の歌人 和歌文学講座』桜楓社

臼田甚五郎「躬恒」国文学1958

阿部俊子『校合大和物語とその研究』三省堂