●王鴻緒 おうこうしょ
アジア 中華人民共和国 AD1645 清
1645〜1723(順治2〜雍正1)中国の清の官僚・書家・学者。初名は度心。字は季友。号は儼斉,または横雲山人。婁県(江蘇省松江県)の人。父は王広心。長兄に王瑣齢,次兄に王九齢がいる。1673年(康煕12)2番(榜眼)で進士となり,編修を授けられる。1675年(康煕14)には順天郷試の試験官となり,日講起居注官にあてられる。その後,累遷して翰林院侍講,1682年(康煕21)には彼の生涯の仕事となる明史編さんの総裁となった。1687年(康煕26)には左都御史に引き抜かれたが,1689年(康煕28)には収賄事件のために弾劾された。しかし詔をもって罪を許され,1694年(康煕33)には呼び戻されて,工部尚書を授けられ,1708年(康煕47)戸部尚書に転じた。その後,皇子擁立運動に加わったため,原品をもって致仕となった。1714年(康煕53)には明史の草稿を皇帝に提出。翌年には召されて来京し,詩経伝説彙纂及省方成典総裁官となった。1723年(雍正1)には『明史稿』を完成したが,この年京師で没した。著書には『横雲山人集』『賜金園集』などがある。