●王権神授説 おうけんしんじゅせつ
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王権は神から授けられたもので絶対不可侵である,したがっていかなるものの反抗も許さないとの政治理論。思想的系譜からいうと,支配者を神と同一視するか神の代理人とみなす神政思想に由来する。しかしとくにヨーロッパで,ローマ教皇や神聖ローマ皇帝の中世的普遍的支配理念やそれにもとづく各国君主や王権に対する干渉を排除するとともに,封建諸侯らに対して王権の優位を主張するために唱えられた絶対王政時代の政治理論をいう。【16世紀の王権神授説】まず16世紀を代表する王権神授説の主張者は,フランスのボーダンとのちのイギリス王ジェームズ1世である。まずジェーン=ボーダンは,その著『国家論』(1576)のなかで国家主権は最高のもので,それは中世的な法をも超えたものだと述べた。君主による強力な主権国家の育成とそれによるユグノー戦争の終結を望んだからである。のちにイギリス王となったスコットランド王ジェームズ6世は,「自由なる君主国の真の法」(1598)という論文を発表した。それは自分の欲するところを自由になし得る君主国という意味で,国王はすべての臣民のあらゆる場合の裁き手であり,神以外の何ものにも責任を負わない,という立場を表明したものであった。むしろジェームズはスコットランドの長老派貴族らに対する自己の優位を示したものと思われる。そしてまた彼らは,議会の助言などなしに,日々法律や勅令を制定することができるのだ,と主張して17世紀初めのイングランド議会との対立を生むことにもなった。
【17世紀の王権神授説】イギリスではその後ピューリタン革命がおこるが,このとき王党派として活躍したロバート=フィルマーもやはり王権神授説を主張した。チャールズ1世に仕えた彼は『家父長国家論−−すなわち王の自然権』(1680,公刊)で,国王はアダム以来の家父長権を継承しているのだから,子供にあたる国民に対しては絶対的支配権をもつのが当然だと,主張した。ピューリタン革命の議会派に公然と反抗する主張であったといえる。フランスのボシュエは神学者であったが,国王ルイ14世に王者としての義務を説いて信任を厚くした。彼らの主著『聖書の章句からとった政治理論』(1704,公刊)は,君主権の絶対性を,聖書からの引用句によって理論づけようとしたもので,最も代表的な王権神授説の理論書である。〈彼(長たるもの)は,汝を益せんための神の役者なり,……悪をなすものに怒りをもって報ゆるなり〉との聖パウロのことばから,すべての権力は神から出たものであり,君主は地上における神の使者である。王にさからうことは,神を涜すことにほかならない。だから,聖なるものとして,国王を警護せねばならぬ。それを怠るものは死罪に値するだろう,等々と国王の絶対性と国民の義務とを説いた。正義そのものに服さなくてはならないように,君主に服するのが国民の義務だというのである。〈朕は国家なり〉と称したルイ14世の絶対王権を支えるにふさわしい主張であった。王権は神以外の何びとによっても制約されないというこの理論は,〈君主がどんなに悪い人間でも,臣下の反逆はつねにひじょうな犯罪である〉とのボシュエの考え方のなかに最も端的に示されている。国王ジェームズもやはり〈王が神と呼ばれるのは正しい〉と主張したが,ボシュエもまた〈王さまたちよ,あなた方は神さまなのです〉と語ったという。以上のように,いわゆる王権神授説の理論もそのときどきの政治状勢を反映して,時代により国によってニュアンスの差異があるが,いずれにしても近代的国民国家が形成されていく途上にあって,なにものにも制約されない権力を君主に付与することが,国家的統一を果たすのに不可欠だとの考えが,背景にあった。
〔参考文献〕G.P.グーチ,堀・升味訳『イギリス政治思想 I 』1952,岩波書店