●王建 おうけん
アジア アジア AD877
877〜943 高麗第1代の王(在位918〜943)。姓は王,字は若天,のちに建,号は神聖,松嶽の人。新羅の金城太守隆の子。900年に弓裔(新羅末の反乱軍の頭目の一人で901年に泰封を建国)に仕えて後百済(新羅末の反乱軍の頭目の一人甄萱(しんけん)が892年に建国)軍をしばしば撃破,しだいに人望を得た。泰封王弓裔が暴虐になると,918年申崇謙らによって追放されて王建が推戴され,国号を高麗と定め,919年都を松嶽に定めた。935年新羅敬順王の降伏を受け,翌年後百済を撃滅,ついに国土を統一した。一方,崇仏政策をとって仏教を国教とし,新羅文化を受け入れ,「図讖(としん)」(占い)を信じて予言者たちを保護した。さらに,高句麗の伝統を受け継ぎ,その故地を回復しようとする北進政策をとり,北方に領土を拡張し,契丹が渤海を滅ぼしたのち,渤海遺民を受け入れ,契丹との国交を断絶した。〔参考文献〕池内宏「高麗太祖の経略」満鮮地理歴史研究報告7,1919