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●王応麟 おうおうりん

アジア 中華人民共和国 AD1223 南宋

 1223〜1396 中国の南宋末〜元初期の政治家・儒学者。字は伯厚・厚齋。号は深寧・浚儀遺民。浙江省の人。父の薫陶を受け,9歳で六経に通じ,1241年(淳祐1)には19歳で進士に合格するほどの俊才であった。西安主簿をはじめ地方官を歴任したが,その間にも朱子学派の王埜に学んで真徳秀の影響を受け,功利的な当時の学風に反発して“通儒”たらんと志して広く学に励み,1256年(宝祐4)に博学宏詞科に及第した。以後,太常博士・著作郎・秘書少監などに任じて学問・文辞をもって仕え,元軍の侵攻とか賈似道の専権という南宋末の難局に際して時政を直言し恭宗の時代には礼部尚書・給事中・左丞相にまで昇進した。南宋滅亡直前の1275年(徳祐1)留夢炎と対立して致仕し,以後20年間郷里で著述に専念し,74歳で没した。著書は『深寧集』『通鑑地理考』『困学紀聞』『小学紺珠』『玉海』など20余種にのぼり,その実証的学風は清代考証学に大きな影響を与えた。