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●応永の乱 おうえいのらん

アジア 日本 AD1399 室町時代

 西国の守護大名大内義弘が応永6年(1399)室町幕府の将軍足利義満と対決した反乱。義弘は幕府権力の九州への浸透,山名氏の勢力を削った明徳の乱,および北朝主導の南北朝合一に功著しく,朝鮮・中国との貿易で経済力を増大させ,周防・長門・石見・豊前・和泉・紀伊6カ国守護職を兼ねる器量人であった。将軍義満は将軍権力を頂点とする家格秩序の統制をめざし,対明貿易での優越と九州統一の可能性も含んだ大内氏の勢力削減をはかる。義弘も義満の悪政を倒すとして謀反へとすすみ,義満による明徳の乱の恩賞であった和泉・紀伊の取り上げによって両者は全面対決にむかう。義弘は堺に上陸し,籠城,義満は絶海中津をよこして説得にあたるところがあったが効を奏さず,両者は持久策を見通しての決戦の様相を深め,大内義弘の敗死に幕を閉じた。この乱は,鎌倉の関東管領足利満兼との連繋があり,事実満兼も出兵したが途中で兵を帰した。乱後は大内弘茂に周防・長門が安堵された。